No.26「緑景 91-D」

彫刻といえば、現代でも人体像を本流と考えている人が世間では多数派でしょう。たしかに日々この国で作られている彫刻の作品数では、人体像が圧倒的多数を占めていることは、多くの公募団体展の会場を見ての通りです。でも、「多数派が必ずしも本流ならず」というのが、芸術が社会の他分野とは決定的に違うところではないでしょうか。四半世紀以上も美術の現場をウォッチしてきた経験に照らすと、いささか生意気な物言いかもしれませんが、過去の偉大な先人たちが残してきた人体像の名作をしのぐ創造をなし得る彫刻家は、ほとんど皆無に等しいといっていい。そういえるのは、まだまだ少数派といわれる非人体像彫刻の側でこそ、目が覚めるほど新鮮で、とびきりユニークで、鋭く琴線を弾くような出会いを数限りなく経験してきたからでした。東葛クリニック松戸の1階エントランスホールに入ってすぐ左手、ガラス壁側に設置された丈が1メートル位の鉄の台上に乗った山本の彫刻も、そんな経験を味わわせてくれる一つに違いありません。その表面の大半が緑青色に覆われていることからもわかるように、素材はブロンズ、つまり銅です。ただし、よくある鋳造作品ではなく、それは銅板を溶接して成形されてもので、山本は長年一貫して同じ作法にこだわってきました。この作品は緑青仕上げのタイプですが、表面が赤茶系を帯びた硫化仕上げの別のタイプもあります。異なる色みがかもし出す表情の違いも、たしかに面白い。でも、とりわけ興をそそるのは、なかば抽象化された不思議な形象でしょう。せり上がった台形状の頂きに直立する4本の角(つの)を樹木と取れば、それはある地形の眺めになるでしょうし、その角を人工的な塔と見立てると、神殿風の建築物といったイメージにも誘われます。とくに前面の小さな出入り口のような穴や、そこから斜めによぎって鉄の台座と接する階段らしき突起は、角のある頂上にまで続く内部の謎めいた構造へと思いを馳せさせてやみません。眺めているのは、はるかな過去かもしれないし、まだ見ぬ未来かもしれない、そんな不思議な時間軸を秘めた作品ではないでしょうか。


作品解説:
美術ジャーナリスト三田 晴夫