望月菊麿のアートランダムⅡ
-「美の値段」について-

この絵は「号幾ら?」

皆さまは絵の値段にいついて、この作家は「号幾ら」などと評価されていることをお耳になさったことがあるのではないかと思います。「号」というのはキャンバスのサイズからきたもので、1号はFサイズ(人物用)で220mm×160mm、Pサイズ(風景用)で220×140mmです。分かりやすく「だいたい官製ハガキ(148mm×100mm)程度の大きさ」とされていますが、実際にはハガキよりもかなり大きめです。

絵の相場

美術年鑑」などに、作家のランクとともにだいたいの取引価格が表示されており、若い駆け出しの作家の「号当たり2〜3万円」から人気作家の「号当たり数100万円」まで、「美の値段」はさまざまです。一般的な家庭に飾る50号くらいの作品を相場のまま計算すると、人気作家の場合などはとんでもない値段になってしまいます。そのため、大きなサイズになればなるほど、やはり自ずと購入し易い価格に設定し直されています。

日本独特のアート市場

しかしながら、この価格体系は日本独特のもので、海外でも同じように通用するかといいますと、そうではありません。最近は、日本固有の文化であるアニメーションを基にした新しい傾向の現代絵画などが海外のオークションで高値をつけているケースもあるようですが、特別な例と言えます。

バブル期の絵の値段

20年ほど前、日本の経済が世界的に絶好調のとき、つまりバブル経済真っ盛りのことですが、お金の行き場がアートにも向かっていました。値上がりや資産保全が期待できると、不動産でも買うように企業や個人が競って大量に絵画を買い込んだため、国内の作品も海外の作品も、値段が急上昇しました。そのとき基準にされたのが日本市場特有のアーティストのブランド名でした。

ピカソも値段はいろいろ

買い急ぐ素人の収集家に、アート市場の仕組みを学ぶ時間的ゆとりなどとてもなかったでしょう。質も値段も、業者のなすがままでした。海外では、たとえ有名なピカソの作品であっても、美術史的に意味のある時代の作品とそうでない作品とでは、はっきり区別されています。当然、作品によって価格にも大きな差がついています。ところが日本の国内に入ると、ピカソの作品も「号幾ら」という値段になってしまい、玉石混淆の作品が大量に流入してきました。

絵は儲かるか?

いざバブルが弾けて企業や個人が絵を売りに出してみると、すでに国内の画商に絵を買い支えるだけの資力はなく、その絵を高値で売り付けた海外の画商に二束三文で買いたたかれたということでした。
資産の保全を目的に、日本の画商やデパートから有名作家の作品を購入した場合、お金が必要になったからといって売りに出したとしても、買ったときの値段 そのままで売れるわけではありません。購入価格には画商の利益や税金、作品が売れるまでのストック経費などが含まれており、買った値段の半値で売れたら幸運なほうかも知れません。世の中全体がインフレ傾向にあり、アートの世界も値上がりに向かっている場合は、数年も持ち続けていれば購入時の価格で売却することは可能かもしれませんが……。

アートは投機の手段ではない

アートは株のように投資目的で短期的に売買するものではなく、長く手元に置いて楽しまれるものではないかと思います。東葛クリニック病院に展示されている多くの作品は「来院される患者さんのため」というはっきした目的があり、値上がりを期待してのものではありません。有名作家にこだわることもなく、25年ほど前から時間をかけて買い集められてきました。
当時は最も新しい傾向の作品群でしたが、今ではしっかりした制作基盤を確立したアーティストの作品も多く、後進の指導に力を尽くされている作家の方も数多くいます。

「美の値段」を通して考える

アートの楽しみ方はさまざまです。作品の値段が上がったり下がったりする傾向を、時代の動きとして見るのも面白いかもしれません。あるいは、気に入ったアーティストの作品の変化や成長を価格を通して知り、その作品を東葛クリニック病院でご覧いただく機会もあることでしょう。「美の値段」について考えてみるのも、アートに触れる楽しみの一部として心に留めていただければ幸いと思います。

彫刻家望月 菊麿