院内美術散歩

No.23 「鹿と馬上の女」 No.23 「鹿と馬上の女」 No.23 「無題」 No.23 「無題」

ダリはおそらく印象派やシャガール、ピカソらと並んで、日本でも最もポピュラーな画家の一人といってよいでしょう。2006年9月から2007年1月にかけて、東京・上野公園の上野の森美術館で生誕100年記念の回顧展が開催されましたが、会場は大変なにぎわいで、改めてその根強い人気ぶりを見せつけました。ダリといえば、ぴんと反り返ったトレードマークの口ひげが物語る風変わりな容貌や、数々のスキャンダラスな奇行などで知られ、それらが日本でも彼の名を広く一般に浸透させる要因となったのは事実です。しかし、芸術家の風貌や振る舞いがどんなに目立っても、肝心の作品に人を魅了するものがなければ話題にもされないのは言うまでもありません。実際ダリの作品には、何よりも鮮烈な魅力がほとばしっていました。たとえば、ぐにゃりと溶け曲がった時計が、木の枝などに引っ掛かった不思議な光景を描いた『記憶の固執』。まさにダリ芸術の代名詞ともいうべき傑作ですが、それを目にした愛妻ガラは、「一度この作品を見たら、誰もそのイメージを忘れることはできない」と語ったと伝えられます。このようなダリの衝撃的なイメージは、人々の夢や深層心理にしか現れることのない世界の奇怪さにも似ていて、それが余計にイメージを忘れさせない力として作用しているとも言えるでしょう。
東葛クリニック病院に展示された2点のリトグラフ、『鹿と馬上の女』『無題』でも、ダリ特有の超現実的な雰囲気がたっぷりと味わえます。いずれにおいても対象を的確にとらえ切った線の雄弁さや躍動感には、デッサン家としてのたぐいまれな資質を感じずにはいられません。何よりも希代のシュルレアリストだった画家らしく、異質な対象同士を出合わせたり結びつけたりしながら、見る者を現実世界の向こう側へと誘っていく巧みさには、ただただ舌を巻くほかありません。

作品解説:
美術ジャーナリスト三田 晴夫