No.28「すすき」

東葛クリニック病院をはじめ、医療法人財団「松圓会」の施設に飾られた数多いヒーリングアート(癒しの芸術)の中でも、「すすき」と題したこの作品は、絵になった一編の詩ともいうべき感慨を誘ってやまない一点といえましょう。作者は、第二次世界大戦後から国内外で活躍してきた銅版画家の南桂子(1911 年〜2004年)。幻想的な赤いサクランボなどの名作で知られる世界的な銅版画家・浜口陽三の夫人でもあった彼女は、少女や草花、樹、動物などをモチーフに、生涯を通して詩情豊かな童話的世界を描き続けました。そんな彼女の軌跡は、少女時代に『二十四の瞳』の小説家・壺井栄から童話の手ほどきを受けたという経験と無関係ではなかったはずです。
しかし、同じ童話的世界といっても、南の描くそれは、たとえば遠い日の記憶を郷愁たっぷりと歌い上げた谷内六郎あたりとは、ずいぶん趣が違っています。両者の画面によく登場する子供を例に取りますと、なお現実の子供の面影を強くとどめている谷内六郎の描き方にくらべ、南桂子の少女ははるかにイメージの抽象性を際立たせているように思えます。この作品のススキの葉もまた、幾何学的な線形をリズミカルに交差していくだけの簡略化した手法で描かれました。画面上端に見えるのは、彼方の水辺の景色でしょうか。それがなだらかな弧線の反復のみによって表現されているのも、すぐれて抽象的というほかありません。
細部を簡略化したイメージと並んで、この作品を特徴づけているもう一つは、大胆この上ない画面構成の妙。南桂子は手前に見上げるような丈のススキの群れを置き、彼方に小さくぽつんと一頭の馬を配して、前景と後景の対比をことさらに強調させています。これは、たとえば画面の半分を森の樹木でびっしりと覆って前景となし、背後の空白に少女と鳥を小さく配した「少女と鳥」の構成にも通じるやり方ですが、極端に誇張された遠近法ともいえるような飛躍した表現によって非現実感をつのらせ、見る者を童話的世界に誘い込んでいく手さばきは、まさに見事の一語に尽きるといえましょう。 表現手法の分析はいいかげんにして、もう一度「すすき」の画面を虚心坦懐に眺めてみたいと思います。これは作者が実際にいつか見た光景か、それともフィクショナルな心象風景かは定かではありません。いや、その一編の叙情的な秋の視覚詩から、広大無辺の自然のたたずまいに打たれる人もいるでしょうし、胸に染み入るような、そこはかとない孤愁を覚える人もいるでしょう。その意味では、見る人それぞれの感性のチャンネルに応じて、「すすき」の受け取り方も少しずつ違ってくるはずです。このように見よという押しつけがましさのない自由な画風も、南桂子の芸術の大きな魅力ではないでしょうか。

  • 作品の一部は東京日本橋蠣殻町の「Musée Hamaguchi Yozo:Yamasa Collection」にある「南桂子作品コーナー」でも見ることができます。
    https://www.yamasa.com/musee/

作品解説:
美術ジャーナリスト三田 晴夫